物件⑤を購入しましたが、その話です。物件⑤だと格好がつかないため、以後古継邸と表記します。また古民家再生教会所属の工務店にリノベーションを依頼しましたが、その工務店については長いのでZ工務店で表記していきます。
最初の内覧と第一印象
古継邸を初めて見に行ったのは確か夏だったと思います。その日はよく晴れており半袖でいって虫に刺されまくったのをよく覚えています。現地にはパートナー、仲介業者、そして売主の方も来てくれていました。
敷地に足を踏み入れてすぐに感じたのは、想像以上に手入れされた庭の状態でした。空き家として一定期間放置されていたはずの土地なのに、草木は丁寧に刈られており、広さ全体を一目で見渡せる状態になっていました。後から聞いた話では、売主の方が内覧前に草を刈ってくれていたそうです。
当然敷地が広いため業者を呼んで刈り取ってもらったようで、そういった配慮をしれてくれる売主であると安心した記憶があります。
売主の方は近所に住んでいて、実際に何度か現地に足を運んでくれていました。柔らかな物腰で、物件の状態やこれまでの管理についても丁寧に説明してくれたことが印象に残っています。家の中に過剰な荷物もなく、空き家にありがちな“放置された感”がなかったのも、売主の人柄が表れているように感じました。
玄関を開けて中に入った瞬間、土間特有のひんやりとした空気が足元を包みました。すぐ目に入ったのは、整理された荷物とともに、土間部分をそのまま部屋として改修した空間でした。古民家ではよく見られるタイプの簡易リフォームで、おそらく居住中に使いやすさを優先して手が加えられたものだと感じました。
その空間を抜けると、より広い土間空間が奥に広がっていました。見上げれば、頭上には太く立派な梁が何本も巡らされており、左斜め前には天井まで一直線に伸びた堂々たる大黒柱が構えています。空間全体に緊張感というか、家の“芯”のような力強さがありました。
左手には三間続きの和室があり、一番奥まで視線を送ると、立派な床の間とお仏壇が設けられていました。キッチンやお風呂は、土間を奥へと進んだ北側に配置されていました。古民家に多い間取りで、もともとは外にあった設備を後から建物の中に取り込んだのでしょう。また、三間続きの和室に入るにはかなり高い段差があり、そのため途中に足をかける踏み台が設置されていました。これも古民家によくある構造で、段差の存在そのものが建物の“時代”を感じさせてくれます。
なお、Z工務店の方とこの家を見に行ったときのことも印象に残っています。和室の奥にあるお仏壇を見たその方が、自然に手を合わせていたのです。建物や空間に対する敬意が伝わってくるような振る舞いでした。それ以来、私自身も初めて訪れる古民家にお仏壇がある場合には、手を合わせるようになりました。
話はそれますが
この「売主が近くに住んでいる」ということについて、少しだけ補足しておきたいと思います。
現代的な感覚では、売主がすぐ近所にいることを「気まずい」とか「距離感が近すぎて嫌だ」と感じる人もいるかもしれません。実際、都心部ではプライバシー重視の価値観が強く、その感覚もよく分かります。
しかし古民家の場合、そしてその古民家があるのが田舎である場合、その感覚は少し変わってきます。以前も少し触れましたが、古民家はだいたい田舎にあります。そして、田舎ではいまでもご近所付き合いがある程度残っています。私自身も古継邸に住み始めてから、近所を歩いているとよく話しかけられ、「どこから来たの?」「子どもさんはいるの?」といった、個人的な質問をされることがありました。
これは単なる好奇心だけではなく、地域に“新しい人“が入ってきたとき、その人がどういう人なのかを確認しようとする無意識の作法のようなものだと思っています。もちろん、こうした空気感が苦手な方もいると思いますし、それも十分に理解できます。
ですが、だからこそ、売主が地域に根付いた存在であるというのは、大きな意味を持つのです。たとえば、「○○さんのところに引っ越してきました」と一言添えるだけで、「ああ、あの家か」と一気に話が通じる。それだけで“見知らぬよそ者“から、“○○さんの家に来た古民家が好きって言ってるわざわざこんな田舎に来た物好き(たぶん無害)“という、親しみある存在に変わることができます。
実際、私も近所への挨拶やちょっとした会話の中で、「○○さんのところに引っ越してきました」と伝えると、「あの家は昔からこうでね…」「○○さんには私もお世話になってて…」と、自然に会話が広がりました。
この“地域にとって意味のある家“を受け継いだという感覚は、古民家に住むうえで想像以上に大きな安心感につながります。また、古民家への引越しで新しい土地に移住することも多いと思われますが、地域にすんなりと入っていけるということも古民家に住む上では大事なことだと思います。
もちろん、こういった人間関係が苦手な方や関わりを持ちたくないという方にとっては、かえって煩わしく感じるかもしれません。しかし、そうした人にとっては、そもそも古民家に住むこと自体があまり向いていないのかもしれません。
建物の状態と安心材料
当時、私はすでに古民家鑑定士の資格を取得していて、さらにそれまでに古民家の内覧を何度か行って来ていたため、建物を見るときの自分なりのチェックポイントはある程度固まっていました。
その目で見ても、古継邸の状態は非常に良好でした。屋根や外壁、建具の動き、室内の歪みなど、大きなマイナスは見られませんでした。ただし、雨漏りに関しては「現在進行形ではなかったものの、過去に雨漏りをしていた形跡が一部にある」と感じる箇所がありました。この時点で、致命的な問題とは考えていませんでしたが、補修の必要性は念頭に置いていました。
また、室内に入ったときの空気の印象もよかったです。長く空き家になっていた家にありがちな湿気やカビのにおいはほとんど感じられず、空気がこもっていないことに少し驚きました。売主が定期的に空気の入れ替えをしていたと後から聞き、納得がいきました。こうした細かな管理の積み重ねが、建物の健全さにつながっているのだと思います。
またまた話ズレますが
あくまで個人的な感覚ということを前提として、物件の所有者の性別は、空き家になった後の古民家の状態に出てくると感じています。男性女性の2パターンしかないですが、おそらく予想通り、女性の方の方が管理はまめなことが多いです。
もちろん男性でもまめに管理をされていることもありましたが、なんとなくの感覚として女性の管理者の方が室内については綺麗に管理されていることが多く古民家の状態も良い印象があります。
逆に男性でまめな管理者である場合、建物の外まで意識が向けられているという印象があります。
具体的に言うと庭の状態だったり木の剪定がされていたりです。ただこれは(工具を使用しての剪定が)単純に女性には難しいという側面もあると思います。
本当にただの個人的な感覚の話です。
やや気になった周辺の環境
古継邸は、建物の状態や敷地条件において、これまで見てきた中でもトップクラスでした。しかし、それでもすぐに購入を決断できなかったのは、敷地周辺の一部に生活環境として多少気になる要素があったからです。
具体的にどのような点かはここでは控えますが、「実際に暮らし始めてみたときにどう感じるか」という点で引っかかる部分がありました。住むうえでの快適性に影響があるかもしれない、と感じたのです。この一点が、即決を控えた最大の理由でした。
また、比較的長く市場に出ていたこともあり、「もうしばらくは売れないだろう」とどこかで油断していたのも事実です。ところがある日、ネット上から存在が消えており、仲介業者に問い合わせると「この物件、売れました」と。そのときは軽くショックを受けた一方で、「やっぱりこの家は良かったんだ」と。
古継邸が売れている間、私自身は他の物件探しを続けます。いくつか内覧にも行きましたが、結果として「古継邸以上のものには出会えなかった」というのが正直なところです。そのタイミングで、古継邸が再び売りに出されることになりました。
この知らせを聞いたとき、「今度こそ本当に縁なのかもしれない」と感じました。もちろん、縁だけで家は買えませんが、それまでの積み重ねや他物件との比較の中で、「ここが一番しっくりくる」という確信のようなものが生まれていたのは確かです。
Z工務店と見たプロの視点
再販売後の再訪時には、Z工務店(古民家再生協会に所属する工務店)に同行を依頼しました。この工務店は以前から他の相談でもやりとりがあり、古民家に対する知識と経験が豊富で、私としても信頼を置いている存在でした。
Z工務店の担当者は、建物の構造を丁寧に確認してくれました。特に床下は、自分では確認が難しい領域なので非常にありがたかったです。結果として、「床下の通気性が良好で、湿気も少なく、非常に状態が良い」とのお墨付きをいただきました。この点での安心感は大きかったです。
また、その場で誰も気づかなかった天井の隠し扉を、Z工務店の担当者がすぐに発見したことも印象に残っています。古民家には踏み板天井(踏天井)というものがあり、詳細は省きますが要は現代でいうロフトというか屋根裏部屋というか、そういったものが有ります。古継邸の場合はその天井の一部を横にスライドすることでアクセスできるようになっていましたが、なんせ内覧時に天井なんてほとんど見ないので気付きようがない。
実際売主さんも言われて初めて気づいたようでした。おそらくZ工務店の方は自分たちでも古民家の改修を行っていたので、経験則でそういったものがあるとわかっていたのでしょう。「さすがプロだ」と思わされる瞬間でした。
さらに、Z工務店は簡易的な平面図も作成してくれ、リノベーションを想定した場合のおおまかな費用感も後日提示してくれました。具体的な予算感を持てたことで、購入後のイメージがより現実的になりました。
締め(前編)
この時点で、古継邸は自分の中ではほぼ「買ってもよい」と判断できる状態にありました。建物の状態は良く、売主の対応も丁寧で、Z工務店からも高評価を得られたことで、客観的な裏付けも揃いました。
ちなみにわかりにくいですが、最初の内覧はZ工務店は同行していません。古継邸には何度か内覧に行っており、それらをまとめて今回は記載しています。Z工務店の同行も複数回行ってもらっています。
しかし、古民家の購入は一人の判断で完結するものではありません。
次回の後編では、パートナーとのやりとりや心境の変化、そして最終的に購入を決めるまでのプロセスについて、記録していきます。