買わなかった理由と、そのときの気持ち
古継邸を何度も見に行き、Z工務店の担当者にも同行してもらいながら状態確認を進めた時点で、正直なところ、私は「もうこの家に決めてもいい」と思っていました。構造的な問題もなく、土地の広さも十分。再販される前に、ある程度気持ちは固まりかけていたのです。
それでも私は、そのタイミングで「購入します」とは言えませんでした。理由はいくつかありました。
一番大きかったのは、やはり近隣にある施設の存在です。詳細は伏せますが、環境面で多少気になる点があり、それが生活にどう影響するかは読めない部分もありました。あくまで感覚的な問題ではありましたが、日々の暮らしに直結することでもあるため、無視はできませんでした。
もう一つは、子どもの学校までの距離です。日常的な移動や通学の負担を考えると、場所として完璧とは言い切れない部分がありました。
そして最後に、これが最も大きかったのかもしれませんが、「家を買う」ということに対する自分自身の覚悟が、まだできていなかったのです。
もしこれが一般的な新築住宅だったとしたら、ここまで迷わずに決断できていたかもしれません。決められた図面、整った設備、保証された性能——そういった“完成されたもの”を買うという行為は、どこか「安心」に包まれています。
でも、古民家は違います。
リノベーションすればしっかりした家になることも、構造を見て大丈夫だとプロから説明を受けていたことも、頭では分かっていました。それでも、心のどこかで「本当に大丈夫だろうか」「想像以上に大変だったらどうしよう」という不安が残っていたのです。
今思えば、それは古民家という“かたちのないもの”を買うことへのためらいでした。どこまでが現実で、どこからが理想なのか。その境界線が自分の中ではまだ曖昧だったのだと思います。
再販という機会と、変わっていた自分
他の物件をいくつ見ても、どうしても古継邸の印象が頭から離れませんでした。どれだけ条件が整っていても、「あの家と比べてどうか」という視点が自然と出てしまい、最終的に候補から外れていく。そんなことを何度も繰り返していました。
そうした中で、古継邸が再び売りに出されているのを偶然見つけました。正直、驚きましたが、同時に「また選択肢に戻ってきた」と事実として受け止めました。
前回は迷いもありましたが、このときにはすでに他の物件と比較する必要がなくなっていました。結果的に、このタイミングで再び検討を始めることにしたのは、ごく自然な流れだったと思います。
パートナーとの対話が後押しに
パートナーはもともと新築志向で、古民家に対してはかなり否定的でした。実際、最初の頃は古民家という言葉を出しただけでも、あまり話が進まないことが多く、建物の写真や間取り図を見せても、反応は薄いものでした。
それでも、時間をかけてこちらの考えを少しずつ伝えていきました。古民家でもリノベーションすれば今の住宅と変わらない暮らしができること。今ではなかなか手に入らないような太い梁や大黒柱といった良質な木材が使われていること。そして何より、古継邸のような広い庭を持つ家は、新築で建てようとすると非常に高額になってしまうという現実的な条件も、丁寧に説明していきました。
もともと広い庭で子どもたちを遊ばせたいという希望はパートナーの中にもあったため、そういった価値観と古民家の持つ魅力が、徐々に重なっていったように思います。
最終的には、私の古民家に対する思いに根負けした形だったと思います。それでも、「この家にするなら、内装はきれいに整えてほしい」「水回りだけは妥協したくない」といった条件は明確に伝えられました。
そのあたりのリクエストも当然だと思いましたし、それを前提にして話を進めていくことで、二人の中での合意が取れていきました。
補足として、これから古民家の購入を検討される方に伝えておきたいことがあります。
夫婦でどちらも乗り気であれば問題ありませんが、私たちのように片方だけが熱心というケースは決して少なくないと思います。現実問題として、新築と古民家を比べれば、新築の方が圧倒的に安心で安全です。性能も保証され、工務店にとっても施工リスクが少ない。それに比べて古民家は、耐震・断熱・設備の面で手を入れる必要が多く、当然ながら不確定要素もあります。
ですが、それでも古民家を選ぶ価値はあります。
たとえば、同じ価格で新築では到底実現できないスケールの家が手に入る可能性がありますし、固定資産税は驚くほど安いことも多いです。そして何より、今ではほとんど使われなくなったような太い梁や大黒柱といった“本物の木材”がふんだんに使われているのは、古民家ならではの大きな魅力です。
大切なのは、こうした“メリットとリスクの両方”を夫婦で共有しながら、現実的なラインを見つけていくことだと感じます。
そのうえで、当然ですがプロの意見を参考にすることは大前提ですし、すべきだと思います。ただし、そのときに注意しておくべき点もあります。
古民家を購入しようとしている立場の人間として、つい“自分の味方”になってくれる業者を探してしまいがちです。たとえば、古民家再生協会に加盟している工務店などは、こちらが古民家に好意的な話をすれば、自然とそれに共感し、後押ししてくれることも多いです。
ただ、そうなってくると、古民家に対して懸念や不安を抱えているパートナーの立場が、相対的に弱くなってしまう危険があります。
ここで大事なのは、「工務店を自分の味方につける」ことではなく、「中立的な立場で両者の意見を聞きながら、現実的な判断ができるようにサポートしてくれる人」を探すことだと思います。理想的には、古民家の良さも理解しつつ、同時に新築住宅のメリットや信頼性、安心感もきちんと把握している人。そういったバランス感覚を持ったプロの存在は、家づくりの話し合いを円滑にする上でとても大切です。
むしろ古民家に否定的な側——つまり、パートナーの立場に寄り添って話してくれる工務店の担当者がいたほうが、話は早くまとまりやすくなると思います。
そして、決断へ
古継邸を再び検討する中で、以前は不安に思っていた要素も、必要以上に重く受け止めなくなっていました。もちろん、完全に不安がなくなったわけではありませんが、それでも「ここであれば、対応できる」と思えるだけの判断材料が揃っていました。
一方で、家族の中でも徐々に会話が整理され、古民家にすることへの理解と、必要な条件のすり合わせも進んでいました。こういった準備があったからこそ、実際に「この家にしよう」と話したときには、すでにその結論に対して大きな抵抗はありませんでした。
気になる周辺環境についても、当初は懸念が強くありましたが、何度か現地を訪れる中で、時期や状況によっては問題にならないこともあると分かり、受け止め方が変わってきた部分もありました。
結果的に、「不安がゼロになったから買った」というより、「不安と納得のバランスが取れたから決めた」というのが、より正確な表現かもしれません。
最終的に購入の意思を不動産会社に伝えた後は、また改めてZ工務店と現地確認を重ねたり、詳細な図面作成、売主とのやりとりなど、具体的な動きが始まりましたが、それはまた別の記事でまとめたいと思います。
ここではまず、「自分たちが古継邸に住むことを選んだ理由」だけを、記録として残しておきます。